お土産キーホルダーでめぐる日本全国ぶらり旅

 

 

 

石川県

前田利家  

観光地度★★★★★

お土産KH度★★★

  前田 利家(まえだ としいえ)は、戦国時代室町時代後期)から安土桃山時代にかけての武将大名加賀藩前田氏の祖。尾張国海東郡荒子村の荒子城主前田利昌の四男として生まれ、はじめ小姓として織田信長に仕え、青年時代は赤母衣衆として信長に従軍、槍の名手だった故「槍の又左」の異名をもって怖れられた。その後柴田勝家の与力として、北陸方面部隊の一員として各地を転戦。信長より能登21万石を拝領し大名となる。信長が本能寺の変により明智光秀に討たれると、はじめ柴田勝家に付くが、後に羽柴秀吉に臣従し、豊臣家の宿老として秀吉の天下平定事業に従軍する。慶長3年(1598年)には秀吉より豊臣政権五大老のひとり、豊臣秀頼の傳役(後見人)を任じられ、秀吉の死後、対立が顕在化する武断派文治派の争いに仲裁役として働き、覇権奪取のため横行する徳川家康の牽制に尽力するが、秀吉の死の8ヶ月後に病没した。

 

  

 前田利家公

石川県インデックス

 ←前へ  次へ→

 

ホーム    → 出発の前に    → 想い出コラム    → リンク集    → 掲示板    → メール