お土産キーホルダーでめぐる日本全国ぶらり旅

 

 

 

東京都

柴又  

観光地度★★★★★

お土産KH度★★★

  正倉院に残る養老5年(721年)「下総国葛飾郡大嶋郷戸籍」に記されている「嶋俣里」(しままたのり)の比定地である。男165人、女205人の42戸370人が居住していたという。以後「嶋俣」の地名は応永5年(1398年)の葛西御厨田数注文に至るまで文書に多数見受けられ、永禄2年(1559年)の小田原衆所領役帳において初めて「柴俣」(しばまた)が登場する。近代に入り、南葛飾郡柴又村と号したがほどなくして同郡金町村と併合して同村の一字となった。昭和7年、東京市に併合され葛飾区柴又町と名乗り、題経寺界隈を1丁目とし他2および3丁目を設けた。 。昭和42年、住居表示の変更が行われ、同区新宿町4丁目の半部を併合。新域に柴又1〜3丁目と町名を付し、旧町を同4〜7丁目と改めて今日に至っている。柴又八幡神社の社殿下付近は「柴又八幡神社古墳」と呼ばれる古墳である。

 

  

葛飾

 

  

 柴又帝釈天

 

  

 柴又帝釈天

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