大宝2年(702年)3月に、越中国から新潟県本州部分の残り、すなわち頸城郡、古志郡、魚沼郡、蒲原郡を譲り受けた。和銅元年(708年)に、北に領域を伸ばして出羽郡を設置した。さらに、和銅5年(712年)9月23日 に、出羽郡が出羽国として分離したことで、後々まで続く越後の形ができあがった。天平16年(743年)2月11日に佐渡国を合わせたが、天平勝宝4年(752年)11月3日に元に復した。その後、沼垂郡が蒲原郡に統合されたり、江戸時代には古志郡から三島郡が分立、旧三島郡(みしまぐん)が刈羽郡となるなど郡に変動があった。
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