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猪苗代湖がある磐梯山南側の表磐梯に対して、北側にあたる旧・檜原(ひばら)村(現・北塩原村)一帯は裏磐梯とよばれていた。1888年(明治21年)7月15日の磐梯山噴火時に発生した小磐梯の山体崩壊により、裏磐梯側に12〜15億立方メートルともいわれる岩屑(がんせつ)なだれが起き、長瀬川とその支流中津川・小野川・檜原川などを埋めて誕生したものである。同時にそれは秋元、細野、雄子沢(おしざわ)の3集落を呑み込み、さらに同年末には旧・檜原本村も水没し、死者・行方不明者数は460人以上にのぼるなど甚大な被害を残した。その後しばらく数十年は荒涼とした原野のままであったが、遠藤十次郎(遠藤現夢)らはここに犠牲者の供養をするとともに、1340haに及ぶアカマツやスギ、ウルシなど10万本の植林をすすめ、現在の緑豊かな高原として生まれ変わったという。そして戦後、観光開発に伴い磐梯高原と呼ばれるようになり、1950年(昭和25年)に一帯は周辺の火山とともに磐梯朝日国立公園に指定された。山岳道路等はそれ以降相次いで整備されたものである。
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